茨城の野球人

大友 進さんの野球人インタビュー

茨城の野球人へのインタビュー企画「茨城の野球人」

Profile

名前 大友 進(おおとも すすむ)
誕生日 1974年6月18日 (43歳)
出身 茨城県日立市
野球歴 十王少年野球団→十王中→日立工業→東京ガス→西武ライオンズ(’96-’04)→中日ドラゴンズ(’05)

大友兄弟で茨城県を沸かせた日立工業高校では、1年生の夏からクリーンナップをまかされ、3年生の夏は県大会決勝まで導くも 常総学院に敗れ甲子園出場は果たせなかった。
その年のドラフトでは指名候補選手にあがるものの、プロ入りはせず、社会人野球の強豪・東京ガスに入社。 3年目の95年にはチームを13年ぶりに都市対抗出場へ導く。

その年のドラフトで西武ライオンズに2位指名を受け入団。
96年、シーズン後半に1軍昇格を果たすと62試合に出場し、打率.301のレギュラーの座を掴む。

チームの中心選手として西武在籍9年間のうちリーグ制覇4回・日本一1回。

98年・99年には 2年連続してゴールデングラブ賞を獲得。
99年にはオールスターに出場するなど、球界を代表する名プレーヤーにインタビューした。


2つ上の兄の影響で小学校3年生の時に野球を始めました。

強いチームで野球ができたので、IBA(少年軟式野球国際交流協会)で茨城代表の台湾遠征でキャプテンでした。当時は、大阪選抜、神奈川選抜、台湾選抜と試合をして、その大会で優勝して、成田空港に優勝旗を持って降りたのを今でも覚えています。

練習は月曜日だけが休み。15:30に小学校が終わったら、校門に監督がいて、すぐに7kmランニングをしてました。だから、小学校の校庭から出たくなかったです。けど、7kmを走り終えると肉まんを買ってくれるのが嬉しくて、辛いと思ったことがなかったです。ランニング後のウォーミングアップも2時間やっていて、現役中で一番つらかった気もする(笑)

休みの月曜は学校から帰ったら、グランドに行って弟と野球をやってました。日立や十王は練習場所がいっぱいあったので、環境が良かったなぁ。


中学校は、全くいい思い出がない。部活動は、ほぼ自主練習だったので、物足りなかった。

県大会に出場したが、最後は抽選負け。練習もしていなかったので、悔しさはなかったです。

父親が日立製作所の社員だったので、日立工業に行けば、日立製作所に入れると思って、高校は日立工業へ進学しました。兄が仁志さんのいる常総学院に負けたので、打倒常総を目指して野球をやってましたが、決勝戦で常総学院に負け…。相手は金子誠が2つ下の学年で1年生から試合に出場してました。当時は、プロを目指してなかったし、プロになれると思っていなかったです。

茨城県内で、すごいなぁと思う選手は弟の他にいなかったので、一番身近にライバルがいました。


高校卒業後も野球が続けたかったので、実業団のセレクションを受けて、東京ガスに受かりました。社会人野球では、周りの高いレベルを知って野球に対するモチベーションが上がりましたね。

弟も一緒に東京ガスへ進んだんですが、弟は大学も受かってたから、大学に行けば良かったのに(笑)

当時、日本代表の大学生との合同練習を大田スタジアムでやった時に、川上憲伸(元 中日)や、高橋由伸(巨人)がいた。

その経験から、日の丸を付けたかった。当時の、アマチュア選手は、プロ野球よりも日本代表を目指している選手が多かった。アマチュアで実績を作って、日本代表になってからプロに入るのが当時の目標の一つであった。

社会人3年目に13年ぶりに都市対抗出場した時に「プロに行かせてください!」と監督にお願いしました。


今、世田谷南ボーイズに携わって8年目を迎えます。中学生の育成は、面白いけど難しいですね。

土日は世田谷南ボーイズの監督、平日は神奈川県でコロナベースボールアカデミーで野球塾の指導をしてます。東京、神奈川の方々は、茨城の少年野球は強い!と言っています。茎崎ファイターズは特に有名で、地元の茨城が評価されることは本当に嬉しいですね。

世田谷南ボーイズでは試合に勝ちたいけど、勝利至上主義ではなく、選手が上に行っても困らないようにルールなども勉強させてます。”声が出てない選手”より、”声が出ている選手”の方が良いですね。”声が出ている選手”は周りが見えてます。なので、野球の技術が高いだけで試合に出さないようにしてます。また、選手には自分で考えさせることも大切にしています。考えて、考えて、それでもわからなかったら聞きに来させてます。やらされている練習は嫌いだから、自らが考えて練習で学んでいってほしいので、聞きに来ないと教えないスタイルを取ってます。練習時間は、8時から15時までで、その後は自主練習してます。

やっぱり教え子は本当に可愛いので、卒業後も高校野球での活躍を応援してます。

世田谷南ボーイズは、創設時に公式戦で勝てなくて悔しい思いをしていましたが、3年目に全国大会出た時は、嬉しくて男泣きをしました。自分の高校野球県大会決勝で常総学院に2-3で負けた時に泣いていないのに、泣いた。それだけ熱くなれますね。


茨城県民球団に期待すること・・・

家庭の事情で、大学などに行けない人が、野球をやって、プロを目指す環境ができるのは素晴らしい。BCリーグはもっとチームを作ってもらいたいです。野球がやりたくても出来なくて埋もれてしまう選手がいっぱいます。そんな選手のための環境を作って欲しいですね。このままだと、野球人口がもっと減ってしまいます。球団ができる事で、茨城県の野球界が活発になる事を期待したいです。

茨城が大好きです!!

(インタビュー:長峰昌司)